会社を選んだ理由は、『理念共感』『皆が理念に共感し実現に向けてまっしぐら』『経営者の魅力』

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森井さんの人生はまさに波乱万丈。過去には辛い体験もあったそうですが、彼女はすべてを笑顔で包み込み、その瞳は未来だけを見据えているように見えます。森井さんが過去の体験から何を学び、どんな成長を遂げてきたのか。そしてどんな未来を見据えているのか。じっくりと語って頂きました。

 

 

辛いと思ったことなどない。生きることは前を向くことだと知っていた。

私は大阪の西成にて3人姉妹の次女として生まれました。父は中小企業の創業社長、母は介護系の仕事をしていました。

私が小学生の頃、経営不振により父の会社が倒産。家族を守るために両親は形式的に離婚し、居を別にすることになりました。「父が再起したら家族に戻る」という約束でしたが、それは果たされませんでした。一代で興した会社を潰し自信を失ってしまった父。私にもその痛みは理解できました。しかし、父はいつまでたっても立ち上がろうとせず、何年もの間、不特定多数の女性のもとを渡り歩く自堕落な生活を続けていました。この人にはプライドというものがないのか?やがて私の中に父に対する軽蔑にも似た感情が募っていき、「私が独り立ちしたらあの人とは縁を切ろう」そう決意しました。

女4人で生きていく上で、母は私たち姉妹に2つのルールを課しました。「スポーツの部活に入ること」と「高校卒業後に就職すること」です。スポーツを通じて精神力を鍛え、早く自立することを促していたのでしょう。母の教えを守り中学ではソフトボール部に入部。しかし、ソフトボールは私には合いませんでした。母との約束の手前、辞めるわけにはいかず、3年間適当にやり過ごしました。中学時代でもっとも印象に残っているのは、通っていた個人塾の先生のこと。私が出会った「人生の父と呼べる人」の1人です。テストの点以外にも成績を上げる方法があることや、教師との向き合い方など、「人生の処世術」をたくさん教えてもらいました。先生のお陰で成績もグングン上がりました。志望校を決める際にはこんなアドバイスをもらいました。「進学するならお前が1番になれる高校に行け」。なるほど、と思いましたね。そこで、私は商業系女子校に進学することにしました。

高校時代の思い出は何と言っても弓道です。入学後の部活見学にて、一目見て美しいと感じました。全国屈指の強豪校として知られ、指導者も超一流。先輩たちの矢を放つ姿に憧れ、自分もレギュラーとして全国大会に出たいと思いました。

弓道で重要なのは弓を引く力とバランスです。弓を引くときの弦のしなりを重さ(キロ)で表しますが、女子選手の平均は18キロと言われています。しかも、一連の動作においてバランス保ち続ける必要があります。しかし、私は8キロまでが限界でした。自分の身体バランスに原因があるのではないか?と思い、医師の診断を仰いだところ、肩の腱が断裂していることが発覚。原因は出産時の処置にあると指摘されました。私は逆子で生まれたのですが、その際無理に腕を引っ張ったことで肩の腱が断裂していたようです。「治療しても意味はありません」医師にそう断言され、弓道選手としての未来は閉ざされてしまいました。

先生と呼べる人にたくさん出会えたことが私の財産。

高1の夏からは弓道部の総務を任されました。慣例として総務は必ず2年生部員が選ばれていたのですが、顧問の先生はなぜか1年の私を指名したのです。一応練習には参加していましたが、メインの役割は会計やマネージャー業務。レギュラーになれずモチベーションの落ちている人をケアしたり、部員同士の人間関係が円滑にいくようサポートしたりと完全に裏方に徹しました。部のリーダーがキャプテンで、そのサポート役が副キャプテンなら、総務はいわば影のキャプテン(笑)
今だから言えることですが、私は当時のキャプテンが大嫌いでした。友達になるのは絶対ムリと思っていましたね。しかし、キャプテンとしては全幅の信頼を寄せていました。なぜなら、彼女は「勝つ」という目的に対して何をすべきかを的確に理解していたからです。弓道部全体のことを考えた時、与えられた役割に対するプロ意識と割り切りこそが必要だと思いました。そう思った時、顧問の先生が私にこの役割を与えた理由がわかった気がしました。きっと私の適性を見抜いていたのだと。

3年生の4月、学校に新任の校長が赴任してきました。民間出身の方で着任早々に学校改革を高らかに宣言されました。進学率を上げるため進学クラスが新設され、ECCほか外部機関との提携による受験に特化したプログラムも導入されました。そんな中、校長から「森井さんは進学しないの?」と声をかけられました。卒業後は就職というのが我が家のルール。私はそれが当たり前と思っていましたので、「進学」という言葉にピンときませんでした。「君ほどの成績ならば絶対に大学に行くべきだ」。それからは校長・担任から進学を熱心に進められるようになり、徐々に進学に気持ちが傾いていきました。しばらくして私は母に大学進学の意思を伝えました。当然のように母は猛反対。「絶対に迷惑はかけないから安心して。奨学金とバイトでなんとかするから」と母を押し切りました。

高校の卒業式では答辞を読む。それが入学以来、私が心に秘めた目標でした。卒業生の中でもっとも文武両道と認められた者が答辞を読むことになっており、まさにトップになったことの証だと思っていたからです。3年間、勉強と部活に全力を尽くせたのは個人塾の先生の教えがあったからだと思います。目標達成への強いこだわりを授けてくれたことに感謝しています。また、弓道部の顧問と校長先生は私の新しい可能性を拓いてくれた大切な人です。この2人の導きがなければ今の私はなかっただろうと思いますし、答辞を読む目標も達成できなかったと思います。

卒業後は大阪経済大学に進学。母との約束通り、学費は奨学金で賄いました。大学時代はとにかく忙しかったですね。高校OGの先輩が弓道部を新設していまして、部員確保のために強引に勧誘され入部。自分としては名前貸しのつもりでしたが、レギュラー入りを期待され半ば強制的に練習に参加させられました(笑) 練習のあとは居酒屋のバイトに直行し深夜まで働きました。授業は真面目に出ていましたから、まさに一日があっという間でした。

アルバイトはずっと居酒屋でホール接客をやっていました。大手チェーンでしたので定期的に店長が変わり、そのたびにリーダーにより職場の雰囲気が変わることを実感しました。私から見て2人目までの店長は、あまり能力が高くない人でした。やがて3人目の店長が赴任。飲食業界経験がない人と聞き、まったく期待していなかったのですが、いざ一緒に働いてみると以前の店長とは比較にならないほど楽しい職場づくりをしてくれる人でした。まさに頼れる兄貴と言った感じで、あっという間にスタッフ全員をまとめ上げてしまいました。この時、仕事をする上では「誰と働くか」が大事なのだと実感しました。

就活に関しては何も準備していませんでした(笑)

「とりあえず一般職よりは総合職がいいな」程度のことしか考えていませんでしたね。今だから言えることですが、この会社の説明会に参加したのも、たまたまスケジュールが空いていただけで、じつは会社についての知識はまったくありませんでした。実際、事業内容を説明会で初めて知ったのですから。会場に到着するまでは地図関係の会社か?と思っていたぐらいです(笑)

質疑応答の時間となり、とりあえず手を挙げてみました。女性でもコンサルタントとして活躍できるかどうかについて聞いた記憶がありますが、頂いた答えは忘れました(笑)
しかし、その後のことは鮮明に覚えています。質疑応答のあと、休憩に入り一旦会場の外に出たのですが、そこで当時採用責任者であった浅野社長に話しかけられました。後日聞いたところでは、質問が印象に残ったから話しかけてみたそうです。短い言葉を交わしただけでしたが、直観的にこの人と働いてみたいと思いました。言うなれば「女の勘」ですか。私がお会いした経営者の中で「この人と働いてみたい」と思えた唯一の人でした。それが入社の決め手です。

「やりたい仕事なら奪ってでもやる」そのぐらいアグレッシブであれ。

入社後の1年間は研修も兼ねて東京本社でコールサポートセンター・インストラクター業務を担当。

2年目より、名古屋支社にて営業を担当しました。仕事は主に担当となる180社の会員フォローです。「まずは会員様の話を聞くことが仕事」と言われ、ひたすら会員のもとを訪問しました。会員様のお話しを伺いながら、この仕事の意味は何だろうとずっと考えていましたね。
ある日先輩社員から「ちょっと俺の仕事を手伝ってみない?」と軽い感じで誘われました。「じつは税務をまったく知らない人でも簡単に使える商品を作りたいんだよね」と。システムに関しては先輩よりも私のほうが得意でしたし、私が悩んでいる様子が気になり、声をかけてくれたようです。先輩と一緒にシステムに実装する機能を考えながら商品のカスタマイズを進め、テストマーケティングができるまでに仕上げました。これは現在サポートメニューの一つに組み込まれています。

入社4年目の現在は大阪支社にて、会計事務所向けの経営サポートサービスを提供するためにコンサルティングセールスを行っております。また、新卒採用プロジェクトにも抜擢され、面接プログラムの作成などに関わっています。経営の根幹である人事・採用の仕事はとても興味深いと感じました。

つい先日、わが社の10ヶ年計画が発表されました。売上高40億円・従業員200名を目指すことが確認され、新たにヒューマンリソース部門を新設することも明らかにされました。「これだ!」と思いましたね。200名組織のHR事業なんて面白そうじゃないですか。「これをやるのは私しかいないと思います。」と社長の前で宣言しました。社長からは、まずは営業としての実績を積み上げることだねと言われました(笑)

10年後に200名組織のHR事業のトップになるという目標を得たことで、日々何をすべきかがわかったような気がします。

最後にMAP経営という会社の魅力について。

私がこの会社を選んだ理由は、理念に共感できたこと・社員みんなが理念に共感し実現に向けてまっしぐらであること・経営者の魅力に惹かれたことの3つです。会社を成長の場と捉えるならば、知名度や規模よりも、一緒に働きたいと思える人がどれだけいるかのほうが重要だと思います。

出身 大阪府
好きな言葉or座右の銘 旅は道連れ、世は情け
趣味 一人カラオケ、少女漫画でキュンキュンすること

(おススメの作品は天使なんかじゃない・俺物語)

地球最後の日に食べたいもの 大阪西成のコロッケ、大阪難波に本店がある「りくろーおじさんの店」の焼きたてチーズケーキ
今一番行きたいところ 沖縄県名護市にあるカヌチャベイリゾート

(そろそろバカンスが欲しいかも)

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